「ふんふーん、っと♪」 お風呂を出た直後のあたしは軽く鼻歌を歌いながら、下着姿で髪を拭いていた。 そこまで機嫌がいいわけじゃないけど、なんとなく、美咲につられてだ。 (にしても、今日の美咲は変だったな) 買い物を反故にして、怒るかと思ったらあんまりそうでもなかったみたいだし。あ、まぁ、怒るには怒ってたけど、そこは、ちゃんと謝ったら許してくれた。 それはいい。 美咲が変だったのはそこからだ。 (……キス、して欲しそうに見えたんだけどなぁ……) 美咲が許してくれたあと美咲のこと見てたら、キスをして欲しいように見えて、勢いのまましちゃったわけだけど、あの時美咲は確かに怒ってた。 すんごい不機嫌な顔になってたし、実際にむかつくとも言われた。 ただ、それからの美咲は異様に機嫌がよかった。 あれから一緒にごはんを食べたり、美咲の目的の場所じゃないけど適当にお店を回ったりしたけど、その間美咲はずっとご機嫌だったし、帰ってからも無意味にあたしに抱きついて来たりと、普段の美咲ならありえない行動ばっかりだった。 美咲の思惑はともかく恋人が嬉しそうにしてればこっちも嬉しいわけでなんとなくあたしもご機嫌なわけだけど。 なんてことを考えながら、あたしは着替えを終えると美咲の待つ部屋に戻っていった。 「ただいま」 「おかえりなさい」 あたしも美咲も髪が長いから部屋に戻ってきてやることと言えば、髪を乾かすことだ。脱衣所では大体着替えができる程度にしか拭いてはこない。 だからあたしは今日もベッドに腰掛けながら、タオルで髪を拭いていた。 「お」 と、その中でテーブルに美咲の飲みかけであろうジュースを見かける。 「ねぇねぇ、それ一口くんない?」 お風呂上りのあたしは、のどが渇いていたこともあって軽い気持ちでそういった。 いつもの美咲なら、やだとか自分でとってこいとかいうところだけど、今日の美咲ならくれるんじゃないかっていう確信があった。 「ん、これ?」 「そうそう、ちょうだい」 「………いいわよ」 その予感は正しかったんだけど、 「んっ……」 その方法は予想外のものだったらしい。 「? 美咲?」 いいって言ったくせに、美咲はなぜかジュースを自分で口に含んだ。 そして、そのままあたしに近寄ってきて、 (まさか……) って思ったときには遅かった。 美咲の長い指先があたしの両頬に添えられたかと思うと、 「んっ……」 そのまま唇を奪われる。 「んっ、んっ……ん」 (甘い……) それは甘いキスとかそういう比喩表現じゃなくて、実際に美咲がジュースを流し込んできている。 抵抗しようにも、唇を離せばベッドがびしょ濡れになってしまうこともあって……ううん、美咲からのキスは心地よすぎてそんなことも考えられない。 「ん、んく…ぅむ…ごく…んっ、ん」 キスをされた瞬間に美咲の意図を察したあたしは美咲の体に手をまわして、美咲から流れ込んでくるジュースを少しずつ嚥下していく。 「んむ……んっ! んく」 美咲は溢れないように少しずつジュースを流し込みながらも、時折いたずらするように舌先をこすってくる。 「ん……っ……んぐ……ん、っく。……ぱぁ……はぁ」 その美咲の挑発のまま、キスをしたくなるのを抑えあたしはどうにかあたしの要望した一口を終えた。 一滴もジュースをこぼすことなく。 「はぁ……はぁ…な、なにすんのあんたは!」 そして、あたしはそこでようやく美咲に食ってかかった。 「何って、彩音がジュース欲しいって言ったからあげただけじゃない」 「その方法がおかしいっつってんの!」 だれがジュースを一口頂戴って言って、口移しでことを思うんだか。 「まったくこぼさないで飲んだくせに、よくそんなことが言えるわね」 「っ……、そ、それは」 悔しいけど言い返せない。普通なら、あそこでびっくりして逃げるところなのに。 「なんなら、おかわりあげてもいいのよ?」 「い、いい、っつの」 「あら? 欲しいって言ったわりには消極的ね」 「べ、別に一口でいいとは言ったし……」 あんな風に口移しで飲まされたらたまったもんじゃない。も、もちろん、嫌だったわけじゃないけど。 「だ、大体零れたらどうすんのよ。寝れなくなっちゃうでしょうが」 そうなったらそうなったで、美咲の布団で寝るだけなんだろうけど、何かしら言い訳をしておかないとやめてくれそうにない。 (まぁ、こういう時の美咲に何を言っても無駄なんだろうけど) いっつもそうだ。あたしが常識的なことを言うのに、美咲はそれがどうしたの? と、強気な顔で強引にしてくる。 「……まぁ、そうね」 「?」 ただ、この時の美咲はめずらしく引いた。 けれど、美咲が何を思ってそうしてきたのか、あたしは思い知ることになる。